さなえからの電話を切った新開は、携帯電話を持ったまますぐ近くにあるインターフォンの応答ボタンを押す。
「はい、お待たせしました」
訪問者の相手に呼びかける。
「新開先生、ご無沙汰しております。M社の工藤です」
インターフォンのスピーカーから明るい声が響く。
「あ、工藤さん。今、開けます」
インターフォンを切って、玄関口へ向かう新開。
玄関のドアを開けると、笑顔の工藤が立っている。
「新開先生、こんにちは。お元気でしたか?」
軽く頭を下げる。
「こんにちは。ごめんなさいね、急に呼び出したりして」
「いえいえ、とんでもありません」
にこやかに答える工藤。
「実は・・・ちょっと相談したいことがあって・・・あ、ごめんなさい、とりあえず中へ入って」
工藤を招き入れる新開。
「失礼します」
工藤、中へ入り、玄関のドアが閉じられる。
閑静な町並みにある一軒のファミリーレストラン。
前面ガラス張りの一席に石田が座っている。
そこへ小走りで現れる工藤。
「あ、工藤さん」
「すみません、石田先生。お待たせいたしました」
工藤、石田の向かいに急いで座る。
「資料を作成するのに手間取りまして・・・申し訳ありません」
頭を下げる工藤。
「いえいえ、無理を言っているのはこちらですから」
笑顔で答える石田。
「無事、物件の契約も終わりましたので、これから金融機関へ融資をしてもらう為の交渉が始まります。必要な事業計画書は、税理士の森川先生に書いていただきました。」
工藤、鞄から書類を取り出して石田に手渡す。
石田、事業計画書のページを捲りながら目を通していく。
「う~ん、助かります。5年後の資金運用も試算できるのですね。正直言って、私はお金のことは苦手なので、工藤さんや森川先生がいなかったら大変でしたよ。人には聞きにくい話ですしね。」
「確かにそうですよね。それで先生、融資はどこかご指定の金融機関はありますか?」
「ええ。父の会社と取引のある銀行にお願いしたいのですが。」
「お父様ですか。ではそちらの銀行とアポイントをとっていただけますか?」
「帝塚山歯科」の休憩室。
石田と古里が立ち話をしている。
「物件も決まって銀行の融資がまとまれば、私も開業医だ。」
「石田先生、院長先生に聞かれたら大変ですよ。」
「大丈夫、院長は出かけたよ。それに院長先生には随分前から、開業に関する相談はしているんだよ。私だって、院長先生に相談無しで、いきなり開業します!なんてことは言いたくないしね。」
「そうなんですか。」
ほっとする古里。
「ところで、古里は開業なんか考えないの?」
「いやぁ、まだ具体的には考えてないですね。毎日があっという間に過ぎていく感じで・・・そこまで余裕はないです。」
「まぁ、私もすぐに開業するから、もし何かあったらいつでも相談してよ。」
軽く笑い飛ばす石田。
そんな石田を見て、少し不安そうに口を開く古里。
「先生、浮かれすぎていませんか。夢もいいですが現実を見失ったら大変ですよ。銀行の融資は本当に大丈夫なんですか?」
再び、笑い飛ばす石田。
「大丈夫だよ、心配ないって。順調、順調!」
古里の言葉には殆ど耳を貸さない石田であった。
さなえの自宅 。
リビングで携帯メールを手にするさなえさなえ。
「お金のこと、聞いたら成泰、怒るかな。付き合ってるんだから聞いてもいいかな・・・。」
メールを打ちかけて手が止まるさなえさなえ
「やめとこ。信じないと・・。でも、はぁ(ため息)。」
携帯を閉じて、机の上に投げ出すさなえ。
その携帯の横には、先日結婚した友人からのハガキが何気においてある。
「私たち結婚しました。今度はさなえの番かな?」のメッセージが書かれている。
幸せそうな友人の写真を見ながら、再び大きなため息をつくさなえ。
東京北銀行の応接室。
石田の父親の会社と取引がある銀行に、石田は工藤と一緒に来ていた。
その銀行の応接室で、担当者と話をしている石田と工藤。
「というのが、石田先生の事業計画です。ね、先生。」
「はい。」
手にした事業計画書を見ながら、担当者が口を開く。
「石田先生、申し訳ありませんが全額融資は難しいです。」
「え?」
驚く石田、そして工藤。
「昨年までならこれで内諾できたのですが今のご時勢では、満額の融資は・・・。」
まさかの交渉決裂に動揺を隠しきれない石田と工藤。満額融資をもらえないと開業は夢へと消えていきます。開業への道は再び足踏みです。